■はじめに
僕が走り始めたのは小学校2年の頃だったと思います。きっかけは小学校1年の頃のマラソン大会でした。マラソン大会の練習では、2、3位になることが多かったので、まあこれぐらいなら大丈夫かなーみたいに考えていたと思います。ところが、本番では8位になってしまいました。父や母は「まあ、仕方ない。来年頑張ればいい。」と言ってくれたのですが、僕はどうしても納得がいきませんでした。それから走り始めました。
勿論最初は、ゆっくり近所を走るだけでしたが・・・。
本格的に練習を始めたのは小学校5年くらいからだったと思います。そのおかげか、小学校6年の頃に全国大会にも出場しました。結果は7位でした。さらに、小学校の頃は、地区対抗の駅伝大会もありました。父が僕達の地区のコーチをしてくれました。駅伝は6人で走るので、それまで全く走ったことのない人も多くいました。そんなチームでも、ある駅伝大会では6人中5人が区間賞、1人が区間2位という成績も収めることができました。さらに本番の地区対抗駅伝大会では、男女アベック優勝も果たしました。
なので、この練習を行えば小学生なら確実に速くなれると思います。勿論、小学生は大きく成長する時期ですので、速くなっても当たり前かもしれませんが、駅伝大会の練習期間はわずか2ヶ月足らずでした。そんな短期間でも大きく成長できるトレーニング方法を紹介します。誰でも速く走れるようになるのです。
そして、全国大会に出場し、7位になったトレーニングを紹介します。
僕が全国大会で7位になった時、8位だった人は箱根駅伝に出場し、2区の区間賞をとった選手です。僕も陸上を続けていれば・・・。
「たら、れば」がないのが陸上だけじゃなく、スポーツ、そして全ての世界で言われてることですよね(^_^;)
■小学校低学年のトレーニング
小学校低学年の時、マラソン大会での成績をきっかけに走り出した僕ですが、本当にゆっくり走るだけでした。毎日走ってもいなかったと思います。マラソン大会の練習なんてしている人なんて、本当にいなかったと思うので、少し走るだけでも他の人よりも速く走れるようになったんだと思います。
でも、他の人より、速く走れるっていうことは当時の僕にとっては本当に魅力的なことでした。小学生低学年でも人より何でも良いからできるようになりたいって気持ちはあったんだと思います。走るって事以外にも、縄跳びもクラス一、たぶん学年一できたと思います。小学校2年生で前とび2100回くらいやったのを覚えています。でも、縄跳びってそんな長い時間とんでてもあんまり注目されませんでした。
人より何かできたい、そんな気持ちが走るってことに取り付かれた理由だと思います。
■トレーニング紹介
そんな僕が小学校低学年に行っていた練習を紹介したいと思います。普段の生活も含めて紹介します。
小学校低学年のトレーニング
小学校1年の頃、マラソン大会では8位だった僕が、2年生では1位になったトレーニングを紹介します。
■小学校高学年のトレーニング
小学校高学年の頃(つまり4年生の頃)、地元の印南豆マラソンに出場し、優勝したのを今でも覚えています。その時、初めて金メダルをもらったんじゃないかと思います。一番印象に残っているからです。おばあちゃんが亡くなった直後に出た大会でメダルをとれた、それを仏壇に報告に行ったのを覚えています。
この頃から、本格的に走り出したのではないかと思います。メダルを獲れたってことが嬉しかったので、またメダルを獲りたいって心のどこかで思っていたんだと思います。メダルを獲るまでは、父がマラソン大会に出場してもらってきたメダルやトロフィーを欲しがったりしていました。それほどまで欲しがっていたメダルを自分で獲れる!こんなに嬉しいことはありませんでした。
そして、3月にS&Bが行っていたちびっ子マラソンに出場しました。結果は2位でした。それでも充分嬉しかったのですが、1位だった人が僕が小学校低学年で辞めてしまったサッカーを習っているということをその後、知りました。もっと速くなりたい、そう思った僕はサッカーを習うことを決意しました。
瀬古監督は子どもにはマラソン以外にもいろんなスポーツをやらせるべきだとおっしゃっていました。走ること以外にサッカーをする。これが結果的により速く走れることにつながったのかもしれません。僕はサッカーの他にもスイミングもやっていました。小さい頃から走ることだけをやることも悪いことだとは思いませんが、僕は走るってことだけを続けていたら、もしかしたら走ることが嫌になっていたかもしれません。確かにメダルを獲りたい、もっと速くなりたいって気持ちはありました。でも、子どもの気持ちってすぐに変わるものです。毎日、毎日走ることだけを続けていたら、もうどうでもいいやって気持ちになっていたかもしれません。元々そんな長続きする方ではありませんでしたから・・・(このことは就職活動中に自分史を読んだ面接官にもつっこまれました。「君はなんでもすぐに投げ出すみたいだね」って(^_^;))
サッカーや、水泳をやることで走る時に使う筋肉以外も鍛えられ、僕の体の成長を助けていたのだと思います。
いろんなスポーツを経験したおかげで、小学校6年生の頃には、今から考えてもかなり速くなっていました。
出場した大会ではほとんど優勝していました。欲しいと思っていたメダルやトロフィーがたくさんもらえました。そのおかげで、もっと速くなりたいとも思えました。
そして、再びS&Bちびっ子マラソン。小学校6年生だけが県で優勝すると全国大会に出場できるという、当時の僕にとっては非常に魅力的な特典がありました。当時、他の小学校にライバルがいました。勿論、その人もちびっ子マラソンに出場していました。走る前、父親は知り合いに「こいつはK君(僕のライバル)に勝てない」って言ってました。
でも、僕は勝ちました。絶対に勝てないって父親に決め付けられたことがくやしかったのかもしれません。正直、僕自身勝てるとは思っていなかったので、変に力が入りすぎずリラックスして走れたことが良かったのかもしれません。僕が県大会で優勝した時のタイムは3キロ9分56秒でした。優勝した時にもらった瀬古監督の「情熱」と書かれたサイン、今でも持っています。
そして、全国大会。地方大会の記録は全国で2位の記録だったので、かなり注目されてました。和歌山は地方大会を行う時期が遅い(例えば愛知では10月に地方大会が行われ、和歌山では3月に行われるといった感じです。小学生だと練習すればすぐに記録は伸びるので、10月に11分かかっていた人も3月には10分で走れるってこともあります)ので、地方大会の記録はあまり当てにならないのですが、カメラが僕に近づいてきて、3回くらいインタビューされました。「目標は?」僕は「入賞することです」って答えました。本当は優勝することですって答えたかったのですが、さすがに緊張していることもあり、そこまではいえませんでした。
そして、いよいよレース当日。スタート15分前には選手だけ、違うところに集められました。この時ほど、緊張したことは未だかつてないと僕は思います。本当に不安でした。いつも傍にいてくれた父もこの時はいませんでした。もうどうしようもなく、泣き出してしまいそうになりました。目頭が熱くなったのを覚えています。
そして、スタート。スタート前の10秒が本当に長く感じました。スタートしてからは普段通り走ることができました。むしろやってやるって気持ちになっていたと思います。都道府県で一位になった選手ばっかり来てるってことはここで優勝したら日本一速い小学生になれるんやって思えたからです。この時ほど走っていてワクワクしたことはなかったかもしれません。
途中、父が何度も応援してくれました。何を言ってくれたのか、全てを覚えているわけではありません。ただ一言覚えていることは「脱力しろ」ってことだけです。この言葉は今でも走っていて思い出します。練習中でも、勿論レース中でも。思い出すたびに脱力するようにしています。もっと冷静にならないと、そう自分に言い聞かせながら。
結果は7位でした。全国ってすごいって思えました。
でも、結果には本当に満足しています。入賞できなかったので、賞状やメダルはもらえませんでしたが、完走者全員に自分の順位入りのプラスチックのメダルが渡されました。このメダルは僕の中では金メダルよりも価値のあるものだと思います。
書き出したら、どんどん思い出してしまい、止まらなくなってしまいました(^_^;)
それではそんな僕が一体どんなトレーニングをしていたのか、普段の生活も含めて紹介します。
小学校高学年のトレーニング
全国大会に出場するためにどんなトレーニングをしていたのか、そのトレーニングを紹介します。
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小学生のトレーニング
小学生で3キロを9分台で走り全国7位になったトレーニング紹介します
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