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第3回 世界の中心で愛を叫ぶ

最近ドラマでやっていたのを1話も欠かさずに見た。ドラマ化される前、映画でかなり話題になっていて、見に行った人のほとんどが「あれは泣ける!」と絶賛していたので、どうしても見たかった。
1987年当時は不治の病とされていた白血病にかかったヒロイン、アキと主人公サクとの恋愛を描いた物語である。
白血病になって最後は死んでしまうということがわかっていたので、元気なアキの姿を見ていても、「こんな元気やのに死んでしまうんやなー。」と思うと泣けてくる。というように毎回泣けてしまうドラマだった。
でも、納得できないこともあった。それはおじいちゃんだ。おじいちゃんは自分が死んだら、昔好きだった人と一緒に骨をまいてほしいとサクに頼んだ。その昔好きだった人とは、自分の結婚した相手ではない。なんかそれが全く理解できん。じゃあ、おばあちゃんのことは好きじゃなかったんか?仏壇では死んだおばあちゃんの隣におじいちゃんの写真が並べられていたけど、なんかおばあちゃんがかわいそうで仕方なかった。物語でも写真でしか登場せんし、ほとんど話題にすらあがってこなかった。わざわざ孫に頼んでまで、その好きだった人の墓から骨を取り出すなんて・・・。そこまで愛した人がいながらおばあちゃんと結婚した意味がよくわからん。結婚はタイミングとか、妥協とか言われたりもするけど、それなんか?たとえ、そうやったとしてもおばあちゃんをその時は一番愛してたはずやし、ずっと一緒にいたいと思ったんじゃないんかな・・・。それやのに孫に頼むほどずっと好きな人がいたなんて・・・。そんなん聞いたら普通孫でもショックやけどなー・・・。もし自分がサクやったらって考えると素直に協力なんてできんような気がする。それがもし自分のおじいちゃんではなく父親やったら・・・。違う意味で泣けてくるわー。高橋克巳はどんな気持ちやったんかなー。
それがどうしても納得できんかった。
でも、人はなぜ不治の病の人を最期まで愛し続けるという設定に弱いんやろう・・・。死ぬとわかっている人を愛し続ける健気な姿勢に感動するからなんかな。
それとも、自分と重ね合わせるからんなんやろうか。
不治の病にかかるという設定はよくあるけど、これって、「私(僕)はいつまでもきれいなままだから、そんな私(僕)をずっと愛して欲しい」とかって言う死んでしまう人の気持ちが表れているような気がする。死ぬってなるとどうしてももっと自分を見てくれっていう気持ちがより一層強くなるような気がする。自分を見てくれっていう気持ちに共感して泣いてたりするんかな・・・。
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