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WindRunについて語る その11

Mini     44 ヒラケン 2017年 05月 23日 12時 26分
WindRunでは現在、関東、東海、関西と人数が多い地域では代表とそれをサポートするリーダーという体制をとっています。 当初はそういう仕組みはなかったのですが、ある程度規模が大きくなった時に、kakoさんにサークルの規約、体制作りはきちんとやっておいた方がいいとアドバイスをもらい、一緒に作り上げていきました。 そのおかげで僕がやることもだんだんと減っていき、「えっ!ヒラケンさんってサークルの代表だったの?」というありがたいような寂しいような状況になりました笑 きんげっちゃんに至っては「代表なのに求心力がない」と揶揄してきます。 だけど、仕組みをつくって自分がいなくても回る組織というのが僕は理想だったので、今そういう形に近づきつつあるなと感じています。 この体制を作るにあたって、当時関西代表であったカカリチョーさんにもアドバイスをもらいました。 代表やリーダーを決めるための指針や基準を明確にしておいた方が良いとのことで、実はそれをまとめた資料というのを作っています。 もちろん、各代表には共有しています。 また、サークル運営にかかる費用というのを算出し、それを募金、イベントやグッズ販売の余剰金でまかなうという流れもできつつあります。 当初の目標であった自分が死んだ後も残り続けるものを作るというのが実現できてきていると思います。 後はサークルサイトのメンテナンスの部分をうまく他の人にも引き継いでいければと思っています。 自分自身の引き際や、次を誰に任せるのか、それを考える時期はそう遠くはないのかもしれません。 つづく
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WindRunについて語る その10

Mini     44 ヒラケン 2017年 05月 10日 17時 17分
前回に引き続き、駅伝パーティのお話を。。 開催の前日はまさかの雪。。 これはさすがにドキドキしました。 本当に開催できるのか。。雪が積もったり、道路が凍結してしまった場合は中止という判断もあり得る。。 なんとかそれだけは避けたい。。 当日の天候回復を心の底から祈りました。 皆の想いが通じたのか、当日は快晴。 とはいえグランドやコースの道路はところどころ凍結していたので、スタッフで対処しました。 スタートまでは本当にドキドキしました。 でも、受付、コース、給水、司会、全ての人たちが安心して任せられたので、 僕は僕だけのことに集中すればよく、この時ほどメンバーのみんなを心強く思ったことはありません。 スターターとして台に立つ前、見上げた空の青さは一生忘れることはないと思います。 1浪して、受験した大学の合格発表の日に見上げた空の青さも一生忘れることはありません。(落ちちゃったから余計に(笑)) 第1回大会は550チーム近くが参加してくれ、サークルが運営する駅伝大会では当時日本最大でした。(ねこた君調べ) 2回に分けてのスタートだったので一斉に走ったのは300チーム弱でしたが、それでも人数の多さに感動しました。 駅伝に参加したいという思いで始めたこのサークルが自分たちで駅伝大会を開催するまでになったことに鳥肌が立ちました。 大きなトラブルもなく、大会は終わり、その後の交流会も100名以上のランナーが参加してくれて大いに盛り上がりました。やっぱりランニングという共通の話題があれば、すぐに仲良くなれる、それが実証できたと思います。 仕事しながらの準備は本当に大変で、終わった後の脱力感はすごかったですが、充実していました。 初めて開催したのが2011年。それから第5回大会までなんとか継続してきましたが、第1回開催当時よりも駅伝大会やその他の大会が増えたこと、他との差別化をなかなかつけられなかったこと等様々な要因があり、参加チームは年々減少していき、採算が合わないということで開催を一旦見送ることにしました。 ただ、またいつか復活させたいと考えています。 大会を作り上げるという面白さや大変さ、仲間との一体感をできるだけ多くのメンバーに感じてもらいたいと思っています。 最後になりますが、yuu君が作ってくれた大会の動画を掲載します。 サークルメンバーみんなの充実した顔をご覧ください。 ■第1回 駅伝パーティ http://www.dailymotion.com/video/xtuccz_%E7%AC%AC1%E5%9B%9E%E9%A7%85%E4%BC%9D%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3-2011_sport ■第2回 駅伝パーティ http://www.dailymotion.com/video/xtucb3_%E7%AC%AC2%E5%9B%9E%E9%A7%85%E4%BC%9D%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3-2012_sport つづく
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WindRunについて語る その9

Mini     44 ヒラケン 2017年 04月 21日 17時 25分
駅伝に出場したいという思いで立ち上げたWindRun。 サークルメンバーであったノゾミ君、noriちゃんの自分たちで大会を開催してみたいという提案から、それだったら思い入れのある駅伝大会を開催しようということになりました。 サークルメンバーにはちょうどアールビーズに勤めていて大会運営のプロであるねこた君もおり、それが開催への後押しになりました。 とはいえ、大会をいつやるのか、どういったコンセプトでやるのか、実行委員のメンバーを誰にするのか、会場はどこでやるのか等決めなければならないことがたくさんありました。 WindRunメンバーで作り上げる大会、つまりランナーが開催する大会なので、「ランナーによるランナーのための駅伝」それをコンセプトにしました。 また、WindRunは練習会だけでなく、その後の打ち上げでメンバー間の親睦を深めることができたので、駅伝大会と交流会がセットになった大会を開くことにしました。 その名も「駅伝パーティ」 ちなみにこの名前も僕が決めたのではなく、もとさんが提案してくれたものです。 僕はネーミングセンスがないようです。。 大会会場は僕の大学時代の友人に大井ふ頭陸上競技場をおさえてもらいました。 また、浜松町駅の近くで打ち上げ会場もおさえました。 スタッフももちろんWindRunメンバー。 80名近くのスタッフが完全ボランティアという形ですが、立候補してくれました。 これは本当にうれしかったです。 参加賞のasicsのシューズケース、VAAM、そしてサービスのバナナは知り合いの矢島さんに調整して用意してもらいました。 VAAM、バナナについては無料で提供していただきました。 こうやって多くの方のご協力を得ながら大会開催までいけたことを本当に誇りに思っています。 まさにWindRunメンバーで作り上げた大会だと思います。 つづく
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WindRunについて語る その8

Mini     44 ヒラケン 2017年 04月 06日 16時 14分
WindRunについて語る上で欠かせない一つが、全国展開です。 これについては本当にメンバーに恵まれた、その一言に尽きると思います。 関東はちえちゃん、東海はだいさん、関西はカカリチョーさん、九州はnakanobu君、ゆーこりん夫妻、そして中四国はとんぺーさん、よたろー君。 そして、関東、東海、関西の橋渡しをしてくれた副代表のyuu君。 彼らがいなければ、各地区での活動は発展しなかったと思います。 東海、関西については、同じくRUNNETでメンバーを募集して、ある程度集まったタイミングで僕も現地に行って、練習会を開催するという流れでした。 そして、その場で代表をお願いするという(笑) だいさん、カカリチョーさんの人柄が多くのメンバーを集め、それぞれの地区での盛り上がりを作っていってもらいました。 今はお二人とも代表を退いていますが、お二人の作ったベースの上に東海、関西があると感じています。 関東については、初期メンバーであるちえちゃんがずっと代表を続けてくれています。 今ではたくさんのリーダーに支えながら、一番人数の多い関東をうまく運営してくれています。 本当に細かい作業から大きな仕事までなんでも的確に迅速にこなすちえちゃんがいなければこの関東を支えることは難しかったと思っています。 そして、yuu君はこの関東、東海、関西を持ち前のフットワークの軽さを活かしてつなげてくれました。 サークル5周年の記念動画では各地区を飛び回ってメッセージを集めてきてくれました。 僕はずっとWindRunの新渡戸稲造だと言っています。これからも言い続けます。 そして、九州、中四国について、これは運命なのでは?と思えるくらい幸運な出来事でした。 nakanobu君の転勤によって、夫婦で熊本に引っ越し。そのタイミングで九州でWindRunを立ち上げて欲しいとお願いし、2人で頑張って活動してくれました。 そのおかげで今では九州メンバーも集まってきて、大会に出場したりしてくれています。僕も一度夏合宿に参加しましたが、本当にお酒が強いメンバーが多く、また一緒に飲みたい、そういう仲間が九州にいるって幸せなことだなと感じました。 中四国についても、とんぺーさん、よたろー君の転勤があり、中四国でWindRunを立ち上げて欲しいとお願いしました。 今では中四国のTシャツを作るくらい団結力があり、そしてなんとまたnakanobu君が中四国にいるというなんともラッキーな状況なので、これからますます盛り上がっていくのではと思っております。 残すところは東北なのですが、実はここもまたまた転勤という幸運?がありまして、今しも君、あさやん、えーじ君、OGさんが立ち上げようとしてくれています。 本当に感謝しています。 今あげた人たちには足を向けて寝ることができません。でも、全国にいるので誰かしらに足を向けて寝ることになってしまいます。。 なので、僕はいつも立って寝ています。嘘です、すみません。。 とにかく、彼らがWindRunを全国規模にするための礎をつくってくれたのです。 全国にメンバーがいてよかったなーと思うことは各地の大会に遠征した時にそこにいるWindRunメンバーと交流ができるということです。 これはWindRunメンバーであることの大きなメリットだと思います。 全国にランニング仲間を作るという僕の目標が達成できつつあります。 つづく
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WindRunについて語る その7

Mini     44 ヒラケン 2017年 03月 27日 15時 57分
2005年5月に初の駅伝大会出場後、8月には代々木公園での定期練習会の開始、そしてこれまでレンタル掲示板でのみやり取りしてきていましたが、正式にサークルサイトをオープンしました。 当時のサイトはXOOPSというフリーソフトを使っていたのですが、色々なモジュールがあり、使い勝手が良かったです。 プログラミング不要とはいえ、構築するのには時間がかかりました。 でも、本当に好きなことだったので、それこそ寝食を忘れて取り掛かっていました。 いや、食べるのは食べてましたが。。 完成した時の感動、そしてそれをサークルメンバーに使ってもらえるということの感動、これはやっぱり既存のSNS等を使っていては絶対に味わうことのない喜びだと思います。 現在のサイトは1から構築したものです。 XOOPSはフリーソフトということで、次第にバージョンアップが滞るようになり、セキュリティ的にもよろしくない状態になってきました。 そこで思い切ってサイトを1から作ることにしたのです。 これは僕がサークルを立ち上げた頃からのこだわりで、既存のSNS等を利用するのではなく、独自でやることでサークルメンバーに愛着を持ってもらえるはずという思いがありました。 そこでこのサイトを切り替えるタイミングでも、既存SNSを利用するのではなく、独自でシステムを構築することに決めました。 このサイトの構築にあたって、サークルメンバーから有志で募金を募りました。 50万円近くの募金が集まり、そのおかげで現在のサイトを構築することができました。 本当に感謝しています。 Facebookやその他便利なSNSがあるのでそれを使えばいいのでは?という声もあるかもしれませんが、この独自のシステムだからこそ、サークルとしてきちんとやっているなというイメージを持ってもらうことができ、また独自だからこそ、皆さんの要望をすべてではないにしろ反映できているのだと思っています。 WindRunの発展にはこの独自のシステムというのは欠かすことができないものであったと改めて思っています。 つづく
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WindRunについて語る その6

Mini     44 ヒラケン 2017年 03月 18日 12時 30分
WindRunで初の駅伝参加は2005年5月、荒川河川敷で行われた駅伝カーニバルでした。 この時は3チームで出場しました。 駅伝に参加したいという思いで立ち上げたサークル。 その夢がかない、しかも1チームではなく3チームで出場できたことに本当に感動していました。 初めて参加する駅伝大会に複数チームで参加できてよかったのは何といっても、応援が多いということ。 1チームだとどうしても自分が走る前や走った後は他メンバーの応援に回れませんが、複数チームだとそれも可能でした。 応援するのもされるのも本当に気持ちが良かったです。 「陸上はもはや個人のスポーツではなくなった」と過去に偉そうに言ったことがありますが、それはこの時の思いから発せられた言葉だったと今思い返すことができます。 東京マラソンの開催が決まり、ランニングブームに火がついたのにあわせて、駅伝に参加するサークルメンバーも増えてきました。 多い時だと20チーム以上で参加したこともあったように記憶しています。 その中で、もちろん優勝も経験しましたし、仮装して楽しく走るということも経験できました。 駅伝の魅力の奥深さを感じました。 今、ランニングブームも一時ほどの勢いがなくなり、またランニングをやっている人の趣味嗜好も幅広くなってきたこともあり、アールビーズが主催するRUNNET駅伝ですら、200チーム参加するかしないかのレベルになってきています。 駅伝は楽しいものだと感じ、それに一緒に出たいと思った僕にはこの現状は少し寂しくもありますが、だからこそ、できるだけ多くの駅伝にWindRunメンバーに出たいと思い、駅伝参加を呼び掛けるようにしています。 駅伝はチーム戦ですので、他の人に迷惑をかけるのでは。。と感じて二の足を踏んでいる方もいると思いますが、そんなことは気にしなくていいんです! もちろん、入賞を狙うチームは狙うチームでチーム編成しますが、そういうチームで走る自信がない人は楽しく順位を気にせずタスキをつなぐチームに入っていただきます。 タスキをつなぐ楽しさと少しの緊張感、そして、チームメンバーや他チームから応援されることの喜びをこれからも少しでも多くのWindRunメンバーに感じてもらいたいと思います。 つづく
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WindRunについて語る その5

Mini     44 ヒラケン 2017年 03月 10日 17時 33分
サークルを立ち上げて3ヶ月、インターネットを通して順調にメンバーが増えてきていましたが、実はこのころまだサークル名が決まっていませんでした。 立ち上げ当初は「全国ランニングサークル(仮)」って、まあなんの捻りもない名前でやっていましたが、メンバーが増えていく中でさすがにこのままではまずい。。という思いから正式なサークル名を決めることにしました。 もちろん個人的な思いとしては自分が名前を決めたいというのがありましたが、せっかくの縁でサークルに参加してくれている人達がいるのだから、広く募集をしてみようという考えに至りました。 なんとしても僕の考えたものを採用してもらいたいと意気込んではいたのですが、なかなかいいのが思いつかず。。 いくつか候補は上げたと思いますが、今でも覚えているのが「WEB Tasky」です。 意味としては、Webというタスキで人と人をつなぐっていう意味なのですが、ランニングサークルとはわかりづらいし、そもそも響きがよくないということでほとんど票は入らなかったと思います笑 結果的に当時メンバーであったかばっちさんが考えてくれた「WindRun」に決まりました。この名前、本当にいいなと思いました。かばっちさんには感謝してもしきれません。 話はそれますが、そんなかばっちさんは現在、アドベンチャーレースと呼ばれる世界の過酷な大会に出場し、以前NHKにも特集されたようなすごい方です。 知り合った当時、一緒に富士登山競走に出場したのは良い思い出です。練習も一緒にいきました。 ずいぶん遠くにいってしまったと感じますが、僕が独立してから数回お会いして仕事の話もできるような良い関係を今も続けさせてもらっています。 そうそう、この場をかりて皆さんにきちんとお伝えしたいことがあります。 よく間違われるのですが、WindとRunの間にスペースはありません。 Wind Runではなくて、WindRunです! ちなみに最初にかばっちさんが作ってくれたのぼり。これWind Runになっているのはご愛敬ということで。。 つづく
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WindRunについて語る その4

Mini     44 ヒラケン 2017年 03月 01日 18時 35分
WindRunを立ち上げて2か月後にはメンバーが20名程度になっており、 この時品川のハプナで決起会を行いました。 12名集まったと記憶しています。 もちろん、その時初めて顔を合わす人ばかりだったので、やっぱり緊張はしましたが、ランニングという共通の話題があったのですぐに打ち解けることができました。 当時からサークルはニックネームで登録することになっており、僕だと「ヒラケン」で登録していたので、その決起会でも周りからは「ヒラケンさん」と呼ばれました。 当然といえば当然ですが、ヒラケンと呼ばれることに慣れていなかったので、この時はニックネームで登録にしたことを後悔しました。。 今ではもうそうやって呼び合うことに慣れていますが、たまにこれは呼ぶの恥ずかしいなという名前で登録している人もいるので、みなさん登録時は気を付けていただければと思います笑 決起会をやってみて感じたのは、やっぱりネットだけでやり取りするよりも実際に会って話す方がより親近感がわくということです。 そんなことは当たり前なのですが、それまで掲示板だけでやりとりしていたので、その分会って話すということが新鮮で、この時にネットとリアルをうまく融合させるような形にできればと思うようになりました。 つづく
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WindRunについて語る その3

Mini     44 ヒラケン 2017年 02月 09日 14時 25分
サークルを立ち上げる当初からメンバーは全国から募集するという前提で始めていました。 掲示板を通しての情報交換をメインに考えていたためです。 また、ここにも僕のこだわりがあったのですが、自分の影響の輪を拡げたい、自分だけでなくサークルに入った人がその人自身の影響の輪を拡げることができるようなサークルでありたいと考えていました。 これも予備校に通っていたころの話なのですが、数学の講師が 「自分の葬式を想像してください。一体何人の人が泣いていますか? 予備校生のあなたたちがもし今死んだとしたら泣いてくれるのは家族や親せき、学校の友達たちだと思います。つまり、まだあなた自身の影響の輪は小さいと言えます。 この影響の輪を大きくしていき、将来自分が死ぬときに多くの人に泣いてもらえるような人になってください。」 と話してくれました。 この言葉にも大きな感銘を受け、影響の輪を大きくできるようなことがしたいと考えていました。 そして、それをこのサークルで実現できればと考えていたのです。 さらに僕は自分の人生の目標(というと大きな話になるかもしれませんが)として、 「自分が死んだ後にも残るものをつくる。そしてそれでできるだけ多くの人を幸せにする」というのを掲げています。 それもこのサークルで実現できればと、まあ結構欲張りなことを考えていたのです。 でも、やるからにはサークルとしての理念があり、そして自身の信念をもって目標を達成できるようなものを作りたかったのです。 これまでのところを整理すると、 もともと駅伝に出たいという思いで立ち上げたサークルですが、 そこには「サークルを通して自身の価値観を拡げる」という理念があり、 かつこのサークルに参加してくれた人達が自分の影響の輪を拡げる場であり、 自分が死んだ後も続いていくものであってほしいという思い があったということです。 つづく
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WindRunについて語る その2

Mini     44 ヒラケン 2017年 02月 02日 11時 20分
サークルを作るとなってもどこから手を付ければいいのか。。 他のサークルやクラブを調べてみるとほぼ間違いなく情報交換できる掲示板を持っていました。 かつ、ほとんどが当時はやっていたレンタル掲示板でした。 ちょうど自分のホームページを作っていたこともあり、その中のコンテンツの一つでレンタル掲示板をはりつけて、まずはそこで情報交換しようという簡単なレベルではじめました。 横道にそれますがこの自分のホームページ、自分が考えていることや感じたことを偉そうに書いていました。 今になって思えばこれ残しておけばよかったなと。。 これが僕の原点なのかっていうのを時間をおいてみると楽しかっただろうなと後悔しております。。 とは言え、かなり恥ずかしい内容ですが。。 横道にそれたついでにもう一つ語っておきたいことがあります。 サークルを作った当時からサークルの理念というのを掲げていました。 これは僕自身の反省ですが、そういうのをみんなの前であまり言わないので、これからは積極的に言っていこうと思います。 その理念というのは「サークルを通して自分の価値観を拡げる」です。 予備校に通っていたころ、現代文の講師が「人は自分と近い価値観の人たちと集まる。その方が楽だから。そして自分と違う価値観の人を理解できないのが怖くて、あいつは変わっている、おかしいと決めつけて排除しようとする。君たちはそうはならず、価値観を拡げて欲しい」と語っていたのがすごく印象的でした。 まだ若かった僕はそれを実践したいと本気で思いました。 なので、このWindRunを作ったときに安易ではありますが、理念としてそれを掲げたのです。 とにかくレンタル掲示板で自己紹介したり、自分の練習内容を書いたり、それについてアドバイスをもらったりというのができればいいかなという感じではじめました。 とはいえ、僕の個人的なホームページなんて僕を知っている人でも興味ないのに僕を知らない人なんか見るはずもなく。。 共通の趣味の人が仲間をつくるSNSにランニングサークルのメンバーを募集する告知を出したり、色々な掲示板に書き込んだりしました。 そのおかげで、思ったよりも早くメンバーが集まりだしたのです。 つづく