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スパルタスロン2011(前編)

Noimage カタヒ 2011年 10月 11日 09時 14分
2011年9月30日、自分の中でひとつの目標だったスパルタスロンに参加しました。 結論から言えば、CP42の146km地点でリタイアしました。 今回はその軌跡を忘備録的に残しておこうと思います。 結局書いたのは途中までですが、、、続きを書くのを諦めたらゴメンナサイ→書きました。 【スパルタスロンについて】 スパルタスロンというのは、簡単に説明するとギリシャのアテネからスパルタまで246kmを36時間で走るというレースです。昔、間寛平さんが走ったことで話題になりました。 このレースの完走率は30〜40%。気候条件やコースの起伏の激しさなどもあるけど、やはり36時間というのが大きな壁で多くのランナーは時間切れでリタイアします。 これをいかに乗り越えられるかが勝負の分かれ目です。 スパルタスロンに参加するためには、次の条件のどれかをクリアする必要があります。 ・100km以上の距離を10時間半以内に完走。 ・200km以上の距離を時間に関係なく完走(複数ステージでもOK)。 ・スパルタスロンに参加し、CP52(171km地点)を制限時間24:30以内に通過。 有効なのは3年以内の記録です。僕は2年前に走った野辺山100kmの10時間26分の記録賞をコピーして送りました。 また、医師の診断書が必要ともことだったので、Windrunメンバーたけろーくんにお願いして一筆書いてもらいました。 【スタートまで】 ギリシャには日本からの直通便が無いので、フランス経由で入国します。14時間とギリシャは日本から遠い国でした。 ちょうどギリシャが荒れている時期に行ってしまったので、ストライキで乗り物が動かないなどの影響を受けたりもしました。 スタート2日前はストで乗り物が動かなかったので、近くのスーパーに買出しへ行き、エイドに置く荷物を整理していました。 [img]http://windrun.net/uploads/img4e9306edb1195.jpg[/img]  スタートで着るものとエイドに置く荷物。 この大会では75箇所ある全てのエイドへ自由に荷物を置くことが可能です。 [img]http://windrun.net/uploads/img4e9306fcc6c95.jpg[/img]  スタート前日は乗り物が動いていたので疲れを残さない程度に観光。 写真のパルテノン神殿や第1回のオリンピックが開催されたスタジアムなどを見て周りました。 【スタート〜40km】 AM6:00、ホテルからバスに乗り、アクロポリスの丘に到着。世界中の猛者が集結しています。いよいよこのレースを走れると思うと緊張します。 AM7:00、カウントダウンと共にスタート。ランナーが一斉にアクロポリスの丘を下っていきます。 スタート直後はしばらくアテネの街中を走り、そのまま工業地帯へ抜ける。 アテネは綺麗だったけど工業地帯は車が激しく横を通りなかなか殺風景、、、これが憧れていた大会の風景かー、となんだか拍子抜け。 しばらく走っていると沿道の子供からチャイナー!とエールをもらいました。通過する時にジャパニーズ!と叫んで訂正したら、横にいた人にジャパニーズ?と話しかけられました。 話しかけてくれたのは地元ギリシャ人。 ギリシャ人はこの大会をお祭のように楽しんでいるけど日本人はやたらストイックだとか、坂は歩いた方がいいよ、などと片言の英語で色々話ながらしばらく一緒に走りました。 言葉が通じないとはいえ一緒に走る人がいるのはありがたい。しかもGPSを使って正確なペースで走っている。いっそこのまま80kmの第一関門辺りまで連れていってもらおうか、、、そう思っていた30km過ぎ、彼が先に行ってくれと訴えました。ブロークンレッグと分かりやすい英語で。 一緒に行きたかったが仕方ない。必ず感想してくれと言われ、オーケーと握手して先に行きました。 【40km〜80km(第1関門)】 しばらくは一人旅が続きます。相当ゆっくりペースだったのか周囲に誰もいません。 [img]http://windrun.net/uploads/img4e930713ab800.jpg[/img] コースの横は見渡す限りのエーゲ海が広がっていてとても綺麗でした。 それにしても暑い。。。日本の9、10月ではありえないような強い日差しが降り注ぐ。緩やかなアップダウンもあるし、走りやすいとはいえません。 湿気が無いから汗は全然かかないけど、服にびっしり塩がついている。体感温度は相当なものか。色々なモノをポーチに入れ走っていたけど、塩タブレットが一番役立った気がします。 エイドは3〜5kmおきに沢山あるものの、置いてあるものはぬるい水と炭酸の抜けたコーラ。フルーツやスナック、たまにパンが置いてある程度。 最後の方だったからなのかもしれないけど、エイドの内容はあまり充実はしていませんでした。 水はエビアンみたいな硬水なのであまり飲む気になれず、コーラとリンゴ、レーズンあたりを食べつ、暑さ対策でスポンジを常に持ちながら走りました。 その後暑いなか走り続け、コリントス運河の先にある第一関門、CP22(80km地点)に到着。かかった時間は9時間20分と関門10分前でした。危ない。 【80km〜100km】 CP22のエイドで少し休んだ後、再び走り始めます。 関門ギリギリになってしまったけど、体力に余裕はあるし一応計算どおりのペース。 今までも緩やかなアップダウンは多かったが、CP22以降は坂が急なところも出てきて体力を奪われる。大丈夫か、、、完走できるか少し心配になります。 長い農村地帯を抜け、90km以降は再びコリントスの街中入ります。ギリシャの田舎の町といった感じです。 [img]http://windrun.net/uploads/img4e93073a85d52.jpg[/img] 写真はコリントスのCP26(93km地点)のエイド。笑顔に少し疲れが出ています。 75箇所のエイド全てに、現在の距離、残りの距離、エイドのクローズ時間、次のエイドまでの距離とクローズ時間、全てのエイドで情報が事細かく記載されています。 こののエイドを抜けたのち、子供達が待ち構えてきてサインを求められました。なんだか有名人になった気分(笑) 後で聞いた話だと、この町の子供の間ではスパルタスロンのランナーは英雄に見えるらしく、ランナーのサインを集めるのがブームで友達の間でサインを見せ合うそうです。 とりあえず3、4人の子供達のノートにローマ字で名前を書いてあげる。 次またこの大会を走ることがあればカッコいいサインを速く書く練習しておこうと思い先に進みました。 (続く→後編:http://windrun.net/modules/d3blog/details.php?bid=90) [pagebreak]
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〜佐渡国際トライアスロンAタイプ〜

hayato 2011年 09月 10日 11時 01分
複数の方から、レースについて聞きたいと要望がありましたので、ここに佐渡国際トライアスロン戦記を記したいと思います。 9月4日、佐渡国際トライアスロンAタイプに参加して参りました! 30歳までに達成したい、自分の夢の一つを達成することが出来ました。 レース詳細の前に、挑戦のきっかけについて書きたいと思う。 当方の出身地である北海道留萌市は、オロロンライントライアスロン(2006年に幕を下ろす)という日本3大ロングディスタンスの1つの開催地に当たり、当時のhayato少年は毎年観戦に行くほどの熱狂ぶりでした! 中学サッカー部時代は2Km−6分、5Km−17分台で走れることが出来た。走ることに関して少し自信はあったものの、泳いで、廻して、フルマラソン走って、なんて想像もつかない世界!その時期からでしょうか。いつかは、そんな強いオトコになりたいと思っておりました。 それが動機です。 では、自分の適正はどうなのだろうか! スイム:幼少より海で素もぐり、ウニやらシャケを捕獲していたため、抵抗なし○ ラン :昔は少し走れたが、社会人になってからは苦手・・とゆーか、75キロの体重は重すぎる× バイク:大学、社会人とたしなむ程度△ ・・・・・・・・・ そんな中、今年の佐渡国際トライアスロンAタイプに参加し、詳細は以下の通りです。 ◆スイム編 台風12号が佐渡へ向かって近づく中、大会は9月4日(日)! 本当に開催されるのか、大会HPでも開催の可否については、当日の朝(4時30分)まで検討を続けるということのみで、ツイッターなどで情報が錯綜、スイムはなくなるという憶測が強まっていた。 そして、重度の風邪を引いており、セキと鼻水が止まらない・・・関節もきしみ発熱の予感・・・大丈夫か? 前日に大会受付と競技説明会の折、会場へ行った際にも、海にはブイが設置されていなかった。 クルマでバイクコースを試走した時には、あまりの強風で波が海岸道路に打ちあがるほどだったため、これは無理かなぁと思っていたら、ダイバーがロープを張っているように見える。 ツイッター情報でもBタイプのブイのみ設置するようだという情報が流れ始める。 その夜は21時に就寝。3時前に起床。窓を開けると外はビュービューと強風が吹いていた。朝食を取りながら、天気予報を確認。風速は朝が10m、午後は20m以上の予報だった・・・・・・ 4時00分に宿を車で出発して、4時20分に会場に到着。 トランジションエリアにて準備をしていると、4時30分に場内放送が始まる。 それまで騒がしかったエリアが静かになり、参加者が放送に耳を傾ける。 どうやら開催するとのアナウンスだった。スイム実施の判断をギリギリまで検討してくれたスタッフに感謝して、会場で拍手が起こった。 夜が開けてきた。 北の空を見上げると大きな虹が出ていた。 オーバー・ザ・レインボー、虹のかなたがバイクコースのZ坂があるあたりだ。 トランジションの準備とトイレ行列を終わらせて、スイムチェックのため海へと向かう。 スタート地点にて、行列の出来る法律相談所メンバーと合流?緊張しながらスタートを待つ。徳光さん、弁護士軍団たちが応援にかけつけているのが見える。 いつもは膝下くらいまで水に入ってのスタートだけど、今回は砂浜からダッシュ。 無理のない範囲で走って海へ入水していくはずが、気持ちが高まりすぎて勢いよく入水! 今回のレースでは、大きなトラブルが2つあり、その内の1つがここで発生する。 総勢810名が一斉に入水すれば、当然のごとく早々にバトルが展開される。 すぐに、前後左右に10cmも隙間がないほどになり、肘や足がぶつかりある!苦しい!泳ぎ始め400mくらいだろうか・・・隣泳者の肘が顔面をヒット!水中メガネが外れる! DNF!この言葉が序盤で頭をよぎった! どうする?何も見えない!直さないと前に進めない! 考えたすえ、やはり、大外に逃げるしかないと判断し、集団真ん中から、他の泳者を払いのけ、強引に斜左に泳ぎ続け、なんとか集団から脱出。ここで、菊地弁護士を発見!あっ、前方に東野幸治も! ここで、外れた水中メガネを直し、上がった心拍数を元に戻すために、5〜10分くらいは休みながらゆっくり泳いだのではないだろうか。今回の目標はあくまで完走。無理をしない。 心拍計を確認し、数値が戻ったところで再度泳ぎ始めた。 第一ブイを回って、第二ブイへ。この区間は比較的バトルも落ち着いて安定して泳げる区間。 特段の問題もなく進んでいたが今年の佐渡はクラゲが多い。予想はしていたが顔面をクラゲ3度、4度と直撃してくる。腕にも2度、3度。痛みが走るが我慢をして泳ぐ。 第二ブイを回ると後は砂浜へ向かって直進するだけ。 ロープ側だとヘッドアップすることなく直進ができそうだが、バドルを避けるためアウトコースを選択。 案の定、バトルなし、単独スイムになるが、回りに選手が少ないのでコースアウトを注意する必要あり。 ヘッドアップをして浜を確認しようとすると、朝日が眩しくて何も見えない・・・。これが失敗。なんと浜に向かうどころか浜に対して平行に泳いでロープからドンドンと離れて行った。慌てて、ロープへ向かって泳いでインコースに戻ることにした。その後はロープに沿ってゴールを目指す。 水中メガネが外れるアクシデントとこのコースアウトがなければタイムも10分は短縮できたと、悔しい気持ちが湧いてくる。 ◆バイク編 タオルで体をよく拭いて、バイクジャージに着替え、バイクを押してバイクコースへ向かっていた。 あっ、そういえば、菊地弁護士と東野幸治にスイムで抜かれていた!マズイ! レース展開では、バイクでアドバンテージを作り、逃げるパターンを想像していたが、まさか、追いかける展開になるとは・・・気合いを入れて追いかける。 10km地点で東野幸治を抜き去り、30キロ地点で菊地弁護士を捕える! バイクコース前半の山場、Z坂まで、細かいアップダウンが続く。 少しくらいの坂は全てアウターのまま走る。アップダウンの連続と途中からの横風にビビりながらも順調にZ坂に近づいてきた。 さあ、Z坂!行くぞ〜とギアをインナーへ変速。 ガチン・・・。チェーンが落ちてしまった。 ペダルは空回り。 一旦バイクを降りてチェーンをはめ、気をとり直して再びZ坂へ向かう。 Z坂を登り切ったら、しばらく下りがあり、もう一度登り返すことになる。 そこが大野亀の坂。レベル的にはZ坂に匹敵する。右腿前の痙攣開始 体重が重く、ヒルクライムが大の苦手!どんどん抜かれる! 遅い!どんどん抜かれる!気にしないで走る。 105kmの住吉ASでのタイムは、10時45分、制限時間まで2時間15分。良いタイムじゃん!と完走がぐっと近づいているのを実感! 14時00分までにスタート地点に戻る予定で、住吉を11時までに通過しておきたいと考えていた。15分のアドバンテージ! 住吉ASからは強烈な向かい風区間が始まった。これがやばい!進まない! そして、大きなトラブルのもう1つがここで発生する。 パンク>< チューブラータイヤでのパンクは復旧するのが大変だが、クリンチャータイヤと違い、パンクしにくい為、チューブラーを選択したが、まさかここでパンクとは。 ゆっくりと路肩に腰を下ろし、どうするかを考えた! 1.DNF→これはないな! 2.素直にタイヤ交換する→30分くらいで復旧出来るだろう(クリンチャーなら5分なのに)。 3.秘密の道具に賭ける!→もし効果があれば、10分くらいで復旧。 ここは3に賭けることに。 えいっ!しばらく待ってみる・・・・・おっ、直った! なんのことはない、パンクシーリング剤を注入しただけ。 たぶん、ここで15分くらいはロスしたのではないか。いやいや、このくらいのロスは想定の範囲内。 パンクで遅れた15分を取り戻すのに、やっきになるも、あまりの強風でスピードが上がらない。 そんな、状況の中、 いよいよ160km地点の山場、小木の坂に到着。さていきなり急斜面が始まった。 ゆっくりゆっくりと言い聞かせて足を回した瞬間。100mも登ってないのに右足が痙攣。 チーン・・・。はい、完売しました・・・。ギアも足も在庫がありません。 あ〜、ここで無理をしたら、最期のフルマラソンが走れないし、どうする〜、でも、でも、気合いだぁ! ここで、周囲も驚くほどの大きな声をあげ、このまま小木の坂を登る決断をする。時速10〜15km/h〜で懸命に回す。フラフラになりながら回す。 小木を登り切り、エイドで給水!ここで、売り切れた足に多少の補充ができた!笑 小木の下りを時速70〜80km/hで下り、そこからは平坦な海岸線をゴールに向かって走るだけ。順調にバイクを走らせてゴール。 13時50分頃に無事到着。トラブルはあったが、予定タイム通りにフィニッシュ。 ◆ラン編 さて、ラン用のジャージに着替えて、トイレで大、食べ物、飲み物を補給してランスタート。 リザルトを見ると、トランジションも含めたバイク通過タイムは7時間を超えていた・・・えっ、10分以上も休んでしまった? たぶん、トイレ大のせいだろう。まっ、いいかと気持ちを切り替えて、ランスタート! いよいよ残すは42.2kmのランだけになった。 ランをスタートして、およそ25kmまでは、作戦通りキロ6〜6分30秒で走る。あくまで、完走を念頭においた今回のレース、無理はしない。バイクで痛めていた、腸脛靭帯炎との闘いになることは容易に想像できていた。痛みをロキソニンで抑えてレースに出場していた為、確実なゴールが見える距離までは自分を抑えることにしていたのである。 エイドにはきちんと立ち寄り、スプレーでのアイシング、給水を心がける。気温が予想よりも上がってないので、熱射病のおそれはなさそうな感じである。 4月の富士五湖100キロでは、補給の失敗から後半80キロから大失速した教訓が活きた。 全エイドで梅干を食べることで、足の痙攣を防ぐ。 でも、腸脛靭帯に激痛が走る。そして、ロキソニン3錠目! 25kmあたりの第二折り返しで、気合を入れ直す!ちょいと抜かれすぎたし、ペース上げるか〜と、ここから、キロ5分にペースアップ! 32キロ地点を通過すると、「あっ、安田美沙子」、その500m後ろに、「あっ、ノッチ」、 2人に「頑張れー」とエールを送るも、瀕死状態らしく、ゲッタマンからのみ、「ありがとう!」返答有。凄いよゲッタマン。 逆算すると2人は12キロ地点にいることになる。頑張れっっ。 やっぱり、腸脛靭帯に激痛が走る。ロキソニン4錠目! そのままキロ5分ペースで、(残り3.7km地点)に到着。給水とスプレーを終わらせて、時計を確認。制限時間までは2時間50分残っている。完走を確信。ペースを落とし最期の商店街を目指す。 この間、過去の練習、大会、支えてくれた相方、友人への感謝の気持ちが込み上げてきた! 30歳までにはアイアンマン、いやアストロマン!幼少期からの夢。 商店街のアーケードに入ると、大歓声がしてくる。 すごい応援で商店街から一斉に「おかえりー!!」と聞こえてくる。 通路に立って声をかけてくれる人たちと全員ハイタッチをしながら走る。 あれだけ痛かった足の痛みが消えていた。 最期のゴール写真がキレイに映るように、先行していた選手に追いつかないようにスピードを落として間隔を開ける。応援に来てくれた相方とバンザイをしてゴールテープを切る。 長い1日がやっと終わった。 タイム トータル:12時間37分40秒 スイム :44分22秒 バイク :7時間1分28秒 ラン  :4時間51分50秒 ※全てトランジションタイム含む 今回は台風と風邪を引くというイージーミスの影響で、心身外部環境共にコンディションが悪かった。バイクでは強風で体力をかなり消耗させられ、かつパンクでタイムも悪かった。ランもまだまだペースを上げることが出来た。スイムでは、水中メガネが外れる事件が起きた。1日通すと反省点が多すぎて、ああすればよかったとか感じることばかり。とにもかくにも、無事に完走できてよかった。 来年は、100位台、いや100位以内を目指したい。 ※行列の出来る法律相談所チームは菊地弁護士のみの完走になったが、彼らのオリンピックディスタンスのタイムを参考までに記載する。 菊地弁護士 2時間38分32秒 東野幸治  2時間44分09秒 ノッチ   3時間32分15秒 安田美沙子 3時間35分53秒 佐渡への参加資格は、オリンピックディスタンスを完走していることが出場条件になるので、ノッチと安田美沙子は確実に完走出来るようにゆっくりしたレース展開だったのかもしれない。 あくまで私見なので、一概には言えないが、自分のオリンピックディスタンス、ベストタイムは2時間20分14秒。菊地弁護士と東野幸二のタイム等を検証するに、オリンピックディスタンスにおいて2時間30分程度でゴール出来る力があれば、アイアンマンになるためのチカラは備わっていると言えるだろう。 当面の目標は、オリンピックディスタンスで2時間15分を切ること! 国内のアイアンマンレースを全て制覇すること。 これからも頑張ります><
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コニカミノルタランナーズ24時間リレーマラソン2011@富士北麓公園

Mini received 932212953561701 nori 2011年 08月 03日 02時 40分
日にちが経ってしまいましたが、7月16日〜17日に行われた「24時間リレーマラソン」のブログを書きたいと思います♪ WindRunとしては4年目の出場となった大会です。 夏最初のイベントを飾る大会♪ 今年の参加者は! 4年連続出場のTakaさん、けーしさん、ももさん、nori。(←来年以降も引き続きよろしくお願いします!) すっかり24Hファンになったちゅうさん、しも君、美帆ちゃん。(←勝手にファンにしちゃいました。) WindRunが参戦する前から連続出場しているモチュウさん! 初参戦のテラシーさん、えいとマン、birdさん、あみけんさん、sinさん、emiemiさん、koiさん、まほうびんさん(←「さん」付けましたよ☆)の16名! 私、今までに1人12時間走とか、ウルトラマラソンとか、フルマラソン20数回とか、その他にもいろんな大会に出てきたけど・・ この大会ほど感動できる大会は、なかなかないです! この大会ほど達成感を感じられることは、なかなかないです! メンバーの絆が芽生えることは、なかなかないです! ここ4年間は、毎年大会で1番の感動や達成感をもらっています☆ そして、本当にきついんだけど、本当にメチャメチャ楽しい!! 走ったメンバーなら納得ですよね? 今年の「チームWindRun」は! 1周1.6kmのアップダウンのあるコースを、1周交代でタスキを繋ぎました。 夜中のヒートアップタイムには、急遽! しも君、えいとマン、モチュウさんで参戦を決めて。 それなのに、2位っていう迫力の走りに眠気も吹き飛んで興奮しっぱなしでした(^0^)/ emiemiさんの爆走もすごかったし、美帆ちゃんの仮装Runは可愛かった☆ 時間が経つごとにみんなの顔に疲労がにじみ出て来て、順番が回ってくるのが辛くなるんだけど・・(>_そんな中でも応援し合ったり、ふざけて笑い合ったりしながら、タスキを受け取れば手を抜くことなく走る(楽しむ)! 特に最後は、みんな「走る力なんて残ってない」ってくらいの疲れだったけど。。 一人一人のラスト1周は「どこからそんな力が出てくるの!?」ってビックリするような力強い走りをしてて、それを見たら「自分もやらなきゃ!」って力をもらいました。 そして、そんな濃い24時間を閉めるアンカーは、そんな疲労感の中で2・3周を走らないといけないんだけど、笑顔で力走するビンさんに感動したメンバーも多かったと思います。 この大会のラストは本当にすごくて!! 残り1時間前後になると、コース脇にどんどん人が集まって来ます。 そのうちに人でトンネルみたいに道ができて、自分のチームだけじゃなくて、会場全体が一体となってランナーの走りを応援します! あんなにきついのに、大会会場は笑顔であふれてて、あの雰囲気はなかなかないものだと思います。 ほとんどの大会には勝ち負けとか、目標に対して納得できたり悔いが残ったり、笑って終わる人・泣いて終わる人がいるけど、24時間リレーマラソンはちょっと違う気がしました。 24時間の中で、それぞれが苦しさとかと戦っていて、それを乗り越えて終わる。 きっと全員が必ず何かを乗り越えているような気がします。 優勝を狙ってたりしたら、負けたら悔しさもあるかも知れないけど、でも、そういう悔しさ以上に乗り越えたものとか、メンバーの頑張る姿とか、そういう心に残る心が得るものの方が多いから、終わった時に会場全体が笑顔なんだと思いました。 そうそう! この大会は、いろんなイベントもあるんですよ♪ スイカ割りに、盆踊りに、花火に、夏を満喫できます(*^-^*) 特に花火は、破片が降ってくるくらい近くで見れるので、花火に包まれる感覚に感動で、疲れてきた夜に元気をくれます! このブログを読んで、参加したいと思った人は来年一緒にタスキを繋ぎましょう(^0^)/
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仮装部門入賞の裏で〜第9回小布施見にマラソン〜

Noimage ko-ta 2011年 07月 31日 07時 30分
 7月の3連休の2日目たる17日。長野県北部にある小布施町で行われた小布施見にマラソン。マラソンというよりも、縁走や仮装行列という言葉がぴったりなこの大会に、今年も参加してきました。  前回6人だったサークルからの参加者が、今回は17人。これだけ集まるのだから、皆で仮装して一緒に走ろうとの案が出ました。  しかし、私はそれを断り、今年もふるさとのユニフォームを身に着けて全力で走ることを決意しました。  何故かというと、それは前回の結果に不満があったからでした。スパナとの激しい接戦を制し、20代男子の部で3位入賞。総合でも11位に入りながら、記録は1時間20分04秒と目標だった1時間20分切りに僅かに届かず。ゴール手前で時計が1時間20分00秒を示したのが見えたときには、思わず天を仰いでしまったものです。  それから前回は、総合での入賞ラインが1時間18分台と手に届きそうな位置であったため、部門別よりも総合での入賞を狙いたかったという気持ちもあったのです。  午前7時に号砲が鳴り、最前列でスタートを切る。速過ぎると思いつつも、積極的に攻めて入りの1kmは3分30秒ちょっと。その後の上り坂でペースを落としながらも、5kmの通過は18分26秒でした。  しかし、上りが終わってからペースが上がらない。それどころか、10kmを過ぎでは両方のふくらはぎから脛にかけてきてしまい、スローダウン。総合での入賞や記録は絶望的となったどころか、部門別での入賞も危うくなってしまいました。  その時、後方で楽しく走っているチームメイトのことを想像してみました。思えば、仮装の誘いを断り、一人もがき苦しむ自分。そこまでして全力で走ることにこだわったのだから、 「弱気になるな!」 と自分に言い聞かせて、どうにもならない両脚を突き動かしました。そして足元がおぼつかない状態でフィニッシュ。1時間23分38秒と、前回よりも大幅に記録を落としてしまいましたが、完走できたことに安心しました。それ以上に、部門別では9位とは30秒くらいの差で8位入賞。最悪でも取りたかっただけに、安堵の気持ちで一杯でした。  終わってからは、他のランナーを応援したり表彰式に出たりしながらチームメイトを待つ。 「皆楽しんでいるか。」 「皆無事か。」 いろいろなことを考えていました。  そして私がフィニッシュしてから2時間20分余りが経った頃、全員揃ってゴールエリアに到着。一旦走り去るのを見届けてから、ダッシュでフィニッシュ地点へ。そして万歳してフィニッシュラインを跨ぐチームメイトを撮影した後に、拍手で讃えました。  この後、仮装部門の表彰式が行われ、サークルの仮装隊は6位入賞。見事ダブルでの入賞を果たしたのです。  今回のマラソンでは、本番に至るまでの間にいろいろありました。エントリーした半年前、前回以上に全力で上位入賞を狙うことを宣言した私。そのことについて他のメンバーから疑問の声が上がったのです。 「何故そこまで本気で走りたいのか?」 「他の大会でいいのでは?」 こんなこと言われては、こちらはたまったものではありませんでした。何故なら、私は15年間に亘って競技志向でランニングに取り組んできました。それを踏みにじられたような気がしたからです。  そのことから、一緒に参加したメンバーのうち、何人かとは口をききたくないという気持ちにもなってしまったのです。前日も夕食の時間には、黙り込んでしまうこともありました。  その一方で、本気で走るのをやめるべきなのかどうか悩んだり、仮装で盛り上がろうとするチームの気運の中、蚊帳の外にいる気がしてしまったりして気持ちが沈んだりもしました。  それでも、自分がしたい走りをして入賞し、他のメンバーは仮装で入賞する。という最高の形で終えることができ、やっと今までの憂いを晴らすことができました。特に他のメンバーが到着した時に、入賞を果たしたことを報告して讃えてもらった時は、安心を通り越して嬉しかったです。これも、ダブルで入賞できたからだと信じたいです。  走り方の違いを超えて、お互いの健闘を讃え合える。今年の小布施マラソンで、一番の収穫はこれなんじゃないかと思います。  最後に、マラソン終了後、一緒に参加したメンバ―から、 「来年は仮装で参加を。」 とか、 「たまにはファンランしてみては?」 との声がありました。いずれファンランでとは思いますが、仮装するのには少し抵抗があるのが本音です。それからファンランするにしても、あまり時間はかけたくないと。何しろ暑いし・・・  それから今年は総合8位入賞が1時間15分台前半とハイレベルに。万全な状態で臨めたとしても叶わなかったことと思います。来年以降は出るかどうかわかりませんが、やるんだったらあのコースで1時間20分切りを。そしていずれは総合で入賞を。懲りずに挑戦したいです。  ファンランするのは、これらを成し遂げてからかな?
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初サブスリー達成!〜泉州国際市民マラソン〜

Noimage いっちゃん 2011年 02月 28日 02時 01分
 初めてマラソンを走ったのは大学3回生の時。 そして、4回生のときの福知山マラソンで3時間0分43秒を記録した時は、3時間なんてあっという間に切れると思っていました。  だけど、社会人になってマラソンを続けてからは3時間一桁のタイムが続いて、そのうちに「サブスリー」という意識が強くなってレース前に自分にプレッシャーをかけるようになって・・・走れば走るほどタイムが落ちて、完走すら出来なくて、いつしか走るのが怖くなっていました。  そんな中1年半ぶりに走った泉州国際市民マラソン。 4年前に出た時は28kmで棄権していたので、とにかく完走をと思って距離を踏んできました。WindRunの夏合宿で3日で100km走り、秋から30km走を6回、40km走を2回、坐骨神経痛と付き合いながら何とか距離走をこなしてきました。特に、40km走をやったことで、どれだけ後半潰れてもゴールまでは行けるかも・・・と少しは思えるようになりました。  設定ペースは1kmあたり4分10秒。  33kmまではほぼフラットで、そこから2つの橋を往復して、高さ20m程のアップダウンが4回あるコース。30kmまで4分10秒で走って、後半の落ち込みを最低限に抑えればぎりぎりサブスリー、5分ペースまで落ちても3時間一桁でまとめられればと思ってスタート。  前半から4分10秒ペースで集団の後ろにつくようにして、余裕を持ちながら前半のハーフを1時間27分54秒で通過。その後も4分10〜14秒程度で刻んでいって、30kmの通過が2時間5分少し。  そこからきつくなってきたのですが友達に応援してもらいながら、4分12秒程度で押していって前のランナーを1人ずつパス。最初のアップダウンのある1kmも4分12秒程度で通過。今まで一気に落ちていくことがほとんどだったこの距離でも脚が前に出ていきました。  36kmを過ぎたところで沿道のおっちゃんから「サブスリー行けるぞ」との声援。この瞬間、かなりじ〜んときて、泣きそうになりながらもひたすら前に前に進んでいって、36.9kmの折り返しで足が痙攣したけど、何とか踏ん張って橋を越えていきました。  41kmを通過した際に時計を見て、1.195kmで8分あれば大丈夫ってことでここでようやくサブスリーを確信。一瞬スピードを緩めようと思ったけど、せっかくのここまでやってきて勿体無いので最後まで前を追ってゴール。  ゴールの瞬間は全くタイムなんてわからなくて、ただ、3時間を切ったのだけはわかっていたから、もうガッツポーズ&大泣きでした。。  今までどうやっても3時間を切れなくて、そのうちにフルマラソンがどんどん怖くなってきて、故障にも苦しんで・・・走るのが嫌になったこともあって、そんなことを考えるともう訳がわからなくて・・・とにかく泣けてきました。  ラップタイムです。 5km 20'43 10km 41'33(20'50) 15km 1:02'27(20'56) 20km 1:23'17(20'50) 25km 1:44'09(20'52) 30km 2:05'13(21'04) 35km 2:26'08(20'55) 40km 2:47'44(21'36:4'00-17-22-35-22) 42.195km 2:57'02(9'18) 前半のハーフが1:27'54で、後半が1:29'08、最後の坂で落ちたのも全然許容範囲だし、ラストも落ちなかったのでラップは120点満点です♪ 1人で走っていたらとっくに諦めてやめていたと思うので、ずっと一緒に走ってくれたWindRunの皆様に本当に感謝しています。ランナー仲間って本当に宝物だなぁと感じました。
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厳しいレースでした。第45回青梅マラソン

Noimage ko-ta 2011年 02月 23日 07時 24分
 今年で45回目を迎えた伝統ある青梅マラソン。今年で3回目の出場となりました。昨年は1時間57分33秒で男子40歳未満の部で96位。男子総合で126位。今年は1時間55分切って総合100以内を目標に、レースに臨みました。  午前11時30分、10kmを走り終えたばかりの青梅市長による号砲の下スタート。うまく流れに乗って青梅の坂を突き進みました。入りの1kmはおよそ3分38秒。去年飛ばし過ぎたと反省していたにも関わらず、今年も突っ込んでしまう。  しかし、行ける所まで行こうと、気を緩めることなくガンガン上り坂を攻め抜きました。6.5km付近では、学生時代にアルバイトでお世話になった上司が私の本名を書いた看板をもって応援に出ており、見つけるや否やしきりにアピール。ありがたい応援を背に、更にエンジンを蒸して行きました。  だが、さすがに突っ込み過ぎたのか、折り返しが近付くにつれて脚が鈍り出す。川井の折り返しを経て中間点を56分42秒で通過すると、後はもがくばかりでした。更に曇りっ放しの天候も手伝って、身体中が冷え固まってしまい、20km以降は完全にスローダウン。その時点で総合100位以内の夢は消えました。こうなると、あとは後ろから追ってくるライバルたちの影に怯えるだけでした。  そしてラスト1km過ぎ、黒とピンクのアイツが自分を抜き去っていきました。20km地点では5分ほどリードしていながら、あっさりとかわされる始末。もうひと踏ん張りして抜き返そうと思うも、そんな余力はなく、みるみる離されていく。結局フラフラになりながらフィニッシュラインに辿り着きました。記録は1時間59分24秒で、速報では男子40歳未満の部で123位。総合100位以内はおろか、初めて参加した一昨年よりも悪い結果に終わってしまいました。それに土壇場でスパナに負けるとは・・・青梅だけは負けたくなかっただけに悔いが残ります。  先月の千葉マリンマラソンで安定した走りができただけに、自分の力を過信していたのかもしれません。今の自分には、最初から突っ込んで走り抜くほどの力がまだなかったということでしょう。それから八王子駅伝が終わってすぐに風邪をひいてしまい、1週間ほど走れなかったのも響いた感じでした。と言いながらも、やはり青梅のコースは厳しいですね。力だけでなく、もっと頭使って走らないと攻略できないって感じです。  不本意ながらも、今年の青梅マラソンは今まで出た中で一番応援が嬉しかったです。6.5km付近での看板による応援もそうですが、故郷のユニフォームで走ったおかげか、至る所で故郷の名前で応援してもらうことが、大きな励みになりました。故郷を出て久しくなりますが、今後も自信のある大会では故郷のユニフォームを見に付けて走ろうと思います。  それから今回も、多くのサークルメンバーで臨み、皆無事完走できました。特に、危うく制限時間にかかりそうだったますますさん。ゴールしたことを知った時は、メンバー間で歓声に沸きました。なかなかタフなレースではありますが、今後とも好きな大会として出場していただけるといいなあって思います。  出走された皆さま、寒空の下本当にお疲れ様でした。
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大阪国際女子マラソンを走って。

Mini received 932212953561701 nori 2011年 02月 02日 09時 24分
一年前に同じ大会を走って、このメンバーブログを書きました。 そのときは、一年間サブスリーを目指してやってきたけど努力実らず途中棄権をしてしまいました。 あれから一年。 その時以来の勝負レースをしてきました! 月間700km近く走った夏に。 調子が上がってきた秋。 だけどすんなり順調には行かなくて、思うように走れなくて悩んだり落ち込んだ12月。 だから、どんな走りができるか想像もつかなくて、初マラソンみたいに緊張しました。 だけど! 努力は裏切らなかったです☆ 記録は3時間2分00秒で、サブスリーにも自己ベストにも届かなかったけど、スゴク納得できるレースでした。 楽しかったし、気持ち良かったなー。 スタート前は逃げたくなったり、走り終わったらしばらく走るのやめようかな・・なんて思ったりもしたけど、走り終わったときの気持ちは、スタート前とは全然違うものになっていました。 何かを乗り越えて、逞しくなって帰ってきた気がしました。 大会を走っていて苦しいときに、皇居でみんなとやったペース走を思い出したり、「一緒に練習したメンバーも今日は大会頑張ってるんだよな」って思ったら、なんだか弱い気持ちはどこかへ飛んでいって強い気持ちで走り抜くことができました。 次は3月の名古屋国際を走ります。 サブスリーが現実的になるように、練習も4分〜4'10/kmのペース走をやっていきたいと思っているので、できる方や練習したい方はお付き合いください。 勝田、新宿、大阪ハーフを走られたみなさんもお疲れ様でした! 個人ブログも書きましたので、リンクを載せておきますね。 レースのこと、もっと詳しく書いています。 http://love.ap.teacup.com/nori0329/1136.html
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関西地区・東海地区に行きたい人〜

Mini img 20160108 134600 yuu 2010年 12月 17日 08時 34分
[b][size=large][color=3366FF]25日に関西地区忘年会、 26日に東海地区練習会へ参加します。[/color] 車で移動予定なんだけど、誰か一緒に旅をしたい人はいませんかぁ!! 掲示板に呼び掛けるほどでもなく、 一人も寂しいかなと思い、ここに書いてま〜す。[/size][/b] まあ、一人旅は慣れているので・・・ っと言いつつチョット期待していたり :smile.gif:   
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【後編】中山道東濃駅伝への挑戦

Mini img 20160108 134600 yuu 2010年 11月 23日 11時 17分
11時6分 第4中継所で待っていたYuichiくんは 既に繰り上げ用の赤襷を肩に掛けていた。 繰上げまで残り30秒。 そこへ・・・・・「43番」 WindRunのゼッケン番号が呼ばれる Yuichiくんは直ぐに掛けていた赤襷を投げ捨てる。 カツさんが中継所から見えてきた。 第4中継所のサポーターのマッキーさん、 運送隊のrommyさん、かいさん、 スタート地点&第1中継所から駆けつけたメンバーも加わり、 カツさんを大きな声で呼ぶ。 早く早くといったジェスチャーで腕を大きく動かし呼び寄せる。 繰上げまで残り15秒、カツさんからYuichiくんへ襷渡しが行なわれた。 そして、 サポーターのマッキーさんからメールが流れる・・・ 『マッキーです。 第5釜戸中継所、先頭通過から10分 14秒後に襷渡し。 順位は一般B 8位です。 タスキは残り10秒程度。なんとかつながりました!!』 ゴールの多治見市役所へ向かっていた電車の中で、 ヨシトくん、めぐやん、ナツさん、yuuは喜び合った。 セカンドウィンドで走ったいっちゃんは4区で快走を見せて、 チームを入賞圏内の6位に留まらせた。 いっちゃんは練習をWindRunと一緒に行なっており、 大会が近づくにつれて調子が上がっていたので 皆で期待して応援をしていた。 ギリギリで襷渡しが行なわれて出発した5区Yuichiくんは、 かなりの好走であった。 本番直前までのタイムトライアルでは良いタイムが 残せていなかったので、一番心配をしていたメンバーでもある。 しかし、1人で行なっていた練習内容を見ると質の高い内容だった。 その練習が見事本番の走りに結びつけてくれたのだ。 第4中継所で一般Bは25チーム中16チームが繰り上げスタートなっていた。 やはり例年より先頭が早い為、繰り上げのチームも増えている。 次の第5中継所において、一般Bでは上位3チーム以外全て繰り上げとなった。 そう、WindRunもYuichiくん→ぐっちくんの襷渡しは出来なかった。 11時31分 Yuichiくんが第5中継所に到着し、 サポーターのyumiさんからメールが流れる。 『ぐっち、出発しました。 先頭通過から10分で繰り上げスタートとなりました。 ユーイチさんは先頭通過から14分38秒で到着。 順位は12位でした。 セカンドウィンドは6位です。』 ここからは見た目の順位と、正確な順位は変わってくる。 6区グッチくんは集団走は嫌だと言っていた。 1人でマイペースに走るのは彼の性格にピッタリなのだろう。 夏に膝を故障して、一時期はメンバーに入れるかも危うかったが、 辛うじて調子を取り戻してくれた。 走力が戻ればチームのエース級になれるのだが、 そこまで戻せなかったのは悔やまれるところだ。 12時4分 ぐっちくんが到着する前にサポーターのアツヲくんから メールが流れた。 『ユッキー、スタートしました。 先頭通過から15分で繰り上げスタートとなりました。』 それから10分後、さらにアツヲくんからのメールが来た。 『ぐっちさんは先頭通過から23分48秒で到着。』 ぐっちくんの実力からは考えられない程遅れた到着だった。 6区の3K地点あたりからぐっちくんは足の痛みに襲われたようだ。 そこからは1K4分以上のペースまで落としながらも中継地点へ走り続けた。 ぐっちくんがそこで棄権をしていたならば襷は途絶えていた。 足を引きずりながら最後まで襷を繋げてくれたのだ。 最後に集合した時は誤ってばかりで落ち込んでいたが、 僕は今回の敢闘賞をぐっちくんに捧げたい。 ホントによく走り抜いてくれたね。ありがとう。 最終区間がスタートしてから少しして、 スタート地点から第4中継所までのメンバーは ゴールの多治見市役所に到着した。 そのゴールには遠くからfunaさんも駆け付けてくれていた。 Yuckeyくんは陸上経験者ではあるが、種目は走り高跳びであったので、 長距離とは無縁の競技であった。 しかしながら数ヶ月の伸びは凄まじく、その実力と潜在能力から 最終区間で且つ7.9Kという長丁場を勝ち取ったのは頷ける。 Yuckeyくんは集合してから5時間後にスタートということで、 精神的にも疲れていただろう。 そんな心配をしながら待っていると、 続々と一般Bのチームがゴールへと戻って来る。 12時34分 大きなストライドで向かってくるYuckeyくんが見えた。 皆で声を上げる。 後でYuckeyくんから聞いた話しでは、 あまり声援が聞こえてこなかったようだ。 最後まで集中を切らせない素晴らしい走りを見せたのだ。 そして、 Yuckeyくんは一般Bの中で15番目にゴールした。 その30分後、 全員がゴール地点に集合した。 同時に結果も出ており、WindRunは一般Bで14位という結果となった。 だいさんからの挨拶で、 「皆が無事に戻ってきてくれて良かった」 ということを言っていた。 全くそのとおりだ。 目標には遠く及ばなかったが、最後は皆で笑顔になれた。 それだけで十分だ。 初めて挑んだ中山道東濃駅伝。 サポーター、選手全員で襷を繋ぐことが出来た。 現地にいたメンバーだけではない、当日に来ることが 出来なかったメンバーからもメーリングリストで応援メッセージは届いていた。 ナカモさん 『今日サポートカー要員として、中継点コースを視察してきたナカモです。 しかしながら体調面での不安が払拭できず、大変残念ですが、 今回は自宅から応援させていただく事にしました〜泣。 選手の皆さん、努力で流した汗は必ず報われます! 自分を信じて無心で掛けぬけて下さい。 サポートの皆さん、どうか選手が、リラックスしてスタートできるよう、 心身共にサポートしてあげて下さい。無事駅伝が成功する事を祈っています』 TKOシゲ子 『明日は現地には行けませんが、遠くから応援してます。 選手の皆さま、サポーターの皆さま精一杯頑張って下さい』 トロロちゃん 『tororoです。今日はそちらに行けずすいません。 いよいよですね! 心はそちらに向けています。頑張ってください!』 1本の襷を繋ぐために全員で力を注いだあの日、 それぞれが何かを感じ取ることが出来たのではないでしょうか。 社会人になると「全員で力を合わせて一生懸命頑張る」 という事を体験出来る機会は少ないと思う。 だからこそ今回の駅伝で一生懸命頑張って得たものを大事にして貰いたい。 最後に、 半年以上の月日をかけて準備をしていただいた、だいさんへ。 お疲れ様です。 最後まで頭を悩ます事を言い続け、ゴメンナサイ。 そして、有難うございました。 ----------------------------------------------- ☆全チームの結果 http://wakash.com/ekiden/10t/index.htm ☆当日の動画&画像(撮影:nishiyamaさん) ※7枚目にある動画が繰り上げ直前で渡った様子です。 http://windrun.net/modules/d3forum/index.php?post_id=26908 ☆当日の画像(撮影:にゃお) http://windrun.net/modules/d3forum/index.php?post_id=26902
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【中編】中山道東濃駅伝への挑戦

Mini img 20160108 134600 yuu 2010年 11月 23日 11時 01分
9時30分 1区masashiくんがスタートした。 今や東海地区のエースへと飛躍した彼の存在は頼もしい。 落ちていた走力も数ヶ月で戻し、エリートランナーの片鱗を見せた。 masashiくんなら必ず良い流れを作ってくれると信じていた。 10時 第1中継所サポーターのクロちゃんからメールが流れる。 『美乃坂本中継所サポーター畔柳です! マサシ君→ヨシト君へのタスキリレー完了しました! ウインドランの 先頭とのタイム差は 2’22’’ 一般Bの順位は 8位 です!』 今回のメールで知らせる内容は、 一般A、B、高校生の部全てを含めた総合1位が通過してからのタイム差と、 一般Bにおける順位。 東濃駅伝では先頭通過後10分で基本は繰り上げスタートとなる。 例年レベルの高いこの大会では半分以上のチームが 途中繰り上げとなっている。 そのレベルの高い大会に変化を感じたのは1区終了時点であった。 masashiくんのタイムなら一般Bでは5位以内に 入ってもおかしくないはずだったが、結果を聞いてから さらに厳しい襷渡しになるかもしれないと思った。 2区のヨシトくんはフルマラソン2時間47分という好タイムの持ち主で、 耐久力が非常に高いランナーだ。 2区は厳しい上りが続くコースでエース級を揃えてくる区間でもある。 だがヨシトくんなら粘り強い走りで流れを勢いづけてくれると思っていた。 10時5分 選手の荷物運送役のrommyさん、かいさんが第2中継所に来てくれた。 さらに元気を貰って僕は中継地点へ向かった。 かなり緊張感が高まっていたが、横を見ると僕より 顔が強張っていためぐやんがいた。 先頭とのタイム差、一般Bの順位を確認しなければいけないという 大仕事に緊張をしていたのだ。 というより、ちょっとテンパっていた。 そんな中、僕もアクシデント発生。 WindRunラバーバンドを走る直前に失くしてしまった。 いつもバンドに込められたチエちゃんの呪いに頼っていただけに少しヘコンだ。 10時17分 第2中継所にヨシトくんが飛び込んできた。 ヨシト「お願いします」 yuu「お疲れ」 ヨシトくんの気持ちと一緒に襷を受け継いだ。 僕が出発してめぐやんからメールが流れる。 『3区ゆうさんでました! 先頭との時間差 4分38秒差 順位 8位 セカンドウィンドは2位でした! みんながんばれ!』 勝手に目標としていたチームがセカンドウィンドである。 西濃駅伝では同じチームとして一緒に襷渡しをした いっちゃん、マサキくんが所属しているチームだ。 ちなみに1区を走ったマサキくんは見事に一般Bで区間賞を取った。 一般Aを含めた総合の順位でも10位以内に入る素晴らしい走りをした。 僕は、走り始めて400M地点で一般Bの選手を1人抜いた。 足は軽かったので、これはいけるなと思った。 3区は細かく下見を行なったのだが、 1つ失敗したことに気付いた。 車で試走をしたのでアップダウンの高低差を感じ取れなかったのだ。 実際に走ってみると上りがメチャクチャきつかった。 最初の1Kを3分10秒で入ったあとは上りを1K3分30秒で我慢。 前に一般Bの選手が2人見えたので、 とにかく早く追い付くことだけを考えて走った。 5K地点からは下りになったので、1K3分5秒までペースアップして前を追いかけた。 ラスト1K、ようやく1人追い越すことが出来たが、 もう1人にはラストスパートで引き離された。 あと400M地点ではフラフラになり始めたが、 rommyさん、かいさんが応援してくれていた。 再び勢いを取り戻し、後ろから1人追い上げられてはいたが、 少し離して第3中継所へ向かった。 曲がりくねった第3中継所付近はギリギリまで次の走者が見えない。 ラスト50M地点、カツさんが見えた。 中継所へ飛び込みカツさんへ襷を渡すと同時に背中を押して送り出した。 声を出すことも出来なかったが、力強く走り出すカツさんの背中を 見えなくなるまで見届けた。 10時53分 ナツさんからメールが流れる。 『ナツです カツさん出ました。 タイム差6分39秒 6位 セカンドウインド 4位 宜しくお願いします。』 ナツさんは焦っていてメール内容が 簡略し過ぎてしまったと言っていた。 サポーターも緊張しっぱなしのようだ。 走り終わって一段落して冷静になってみると、 第4中継所では襷渡しが厳しいことに気付いた。 先頭とカツさんの実力差を考えると10分は超えてしまうと思った。 4区は最短区間の5.2K。 西濃駅伝(2月)の頃のカツさんでは今回レギュラーに入っていなかったであろう。 しかしこの半年間で急激に実力を付けてレギュラーの座を獲得した。 その練習内容は凄まじく、家庭を持ちながらも深夜2時に練習を行うという、 駅伝に対するモチベーションは高かった。 ここで襷が途切れるか、全てはカツさんの走りに託された。 初挑戦の洗礼は中々厳しいものだ・・・